ひかげでダンス

物書きをお仕事にしたい人。練習中。

ショートショート小説#1:書けない

ああ、どうしよう、書けない。

 

お隣が火事になった。全焼。二才にもならない子供を連れて、家族三人仲良く散歩している姿をよく見かけていた。三人ともでかけていて、けがはなかった。

右隣のうるさい奥さんと物静かな旦那さんの二人暮らしのお宅は半焼した。旦那さんの方が気付いて警察に電話したそうだ。奥さんは和室で昼寝していて、旦那さんに起こされるまで全く気付いていなかったらしい。窓を閉めていても聞こえるような大声でご近所さんに自慢していた。

左隣りの私の家はちっとも焼けなかった。風向きがよかったらしい。悪かったのかもしれないけれど。

原因は、どうやら猫らしい。寒くてたまらないからおでんが食べたいと言った旦那さんのため、奥さんは赤ちゃんを背中に抱っこしておでんを作った。からしがないことに気付き、おいしくなるように長く煮込んでおこうと火をつけたまま外に出た。一瞬だから大したことはないだろうと高を括っていた。

そこになぜか猫が飛び込んだ。鍋は床に転げて中身をすべてぶちまけ、火はごうごうと燃えた。猫の毛に火が移ったからだ。猫は火をまといながらそこらじゅうを走り回った。猛スピードで走り回った。おかげで体についていた火は消えたが、家中に火をばらまいてしまった。

火を消してくれる人は誰もいなかった。無人の家に猫が一匹。自分の体が焼けて焦げたにおいをかぎながら、きっと猫は半泣きだっただろう。どうにもできなくなって出ていったようだ。未だに家族は猫のことを探していて、電柱に張られたポスターが痛々しい。焼け跡にはそれらしきものがないことしかわからないので、そういう想像しかできない。悪くすると、火がついたまま外に出て、どこかで黒焦げになっているのかもしれない。私はその想像をするのが怖いので、こう書くことに決めている。

なのに、書けない。書いたら全部が事実のようになってしまう。奥さんは普段から火をつけっぱなしで外に出るような人だったのかもしれない。猫以外の何かが要因だったのかもしれない。右隣の奥さんが嫌いだから、この風向きの日を選んで自分で火をつけたのかもしれない。あるいはそんな悪だくみをしていたわけではなく、家族を守るためなのかも。津波が来たら一発で沈んでしまうこの家を手放すための苦肉の策とか、悪霊が出るからとか。

憶測で物を書くことが、私にはできない、ということが、この手を止めている。近所の人が被害にあったということもあるが、そっちの方が私には大事なことだった。

事実を伝えたくて新聞社に就職したのに、世の中にはこんなにも憶測が満ちているということを、痛感している。それはまるで自分の家に強盗が入って、タイミング悪くその部屋に帰ってしまい、無残にも殺されてしまう、みたいなものだった。理不尽だった。思っているのとは違う未来が突然目の前に現れ、今までの人生もこれからの人生も台無しにされたみたいなものだった。

書けない。書けない。

もう17時で、外はまっくらだった。途方にくれた。


執筆時間:20分程度

出来:勢い100%