ひかげでダンス

物書きをお仕事にしたい人。練習中。

燃料としてのことば

先日、会社で定例報告会があった。月一で開催しているもので、発表者十数人が代わる代わる発表し、講師一名が都度、一名ずつにアドバイスをしていくというもの。発表者も講師もめったに変わらないので、誰一人緊張などしていない。ギャラリーも少なめ。声も小さめ。いつものこと。

私は他の仕事があり、終わりから四名目くらいのところで途中参加していた。

 

アドバイスが終わり、次の発表者が発表を始める。少しおどおどした、ふっくら真面目そうなおじさん。でも声は大きくてハキハキしていて、好ましかった。だからまじめに聞いていたつもりだった。けど、途中から気になって仕方がなくなってきた。

この人、「まあ」がめーーーーーっちゃ多い。

「えーまあ、今回はまあ上手くいったんですがまあ、Bプランの方はまあ上手くいくかどうかまあわからないので、まあ次回また報告しようと思います。」

まあ何回使うねん!

 

過去の経験から、普通の人はこういうのが気になったら回数を数えると思うのですが、私はそれよりも「どういうタイミングで言ってるのか」が気になってしょうがなく、じっと耳を澄ませた。

息継ぎのタイミングではもちろん言ってる。けど、驚いたのは、息継ぎがなくても言っていること。ひどいときは「ま」と、聞き取れるか聞き取れないかくらいの小さいものも混じっていて、これらは息継ぎのタイミングとは全然関係ない。すごい。追いつけないくらいたくさん言ってる。やっぱ回数数えた方がよかったのかも。

そういうことをして内容まったく聞いてなかったから、体感5分くらいで終了。

面白かった。興味深かった。こういうのは普通「えー」とか「ちょっと」とかがメジャーだと思っていたので、「まあラッシュ」を真面目に聞いて、ちょっとした疲労感と達成感すら感じていた。とにかく多い。小さくて数えられないの含めたらほんとに100回くらい言ってるんじゃないのか。

内容ひとつもわかってないけど、まあ気持ちを切り替えて、まあ講師の人の話は集中して聴こう、と思った。ら。

 

講師も開口一番「まあ」。しかも結構言う。

「まあ、そのAプランの方は順次進めてもらって、まあBプランについてはまあ急ぐ必要もね、まあないでしょうからね。まあ次のときに聞かせてください」

なんかもう笑えてきてしまって、もうしゃべるな!と思ったよね。

 

ちなみに、次に出てきた発表者(気弱そうな童顔のおじさん)はこの二人ほど「まあ」って言わなかったけど、王道の「えー」が二人よりは多かった。あと、私の上司は「なんか」がとても多い。「なんかなんかいい案がなんかあるといいね」ってリアルに言っていたことがあってもう感動した。

 

みなさんコンビニとかで言っちゃいませんか?

「あ、袋いりません」って(私は袋不要なとき100%こう言ってる)。

「あ、カードあります」とかって(私はカード持ってるときは以下略)。

大なり小なりみんな言ってるのかなとは思っています。政治家さんはしゃべる後の母音を引用して伸ばしてるイメージがあるし(おーこの件に関しては、あー我々の云々)。

個人的な見解としては、円滑なコミュニケーションを成り立たせるために必要不可欠な、燃料みたいなものなのかなという結論に達しています。

沈黙に一石を投じることば。ちょっとしたしゃべりへのウォーミングアップ。思考に一区切りつけて束ねるためのことば。次に何を言うか考えるため、間を持たすためのことば。もしかしたらニューロンが電気信号を出すときに出ることばなのかも。

「ちょっと」が多い人もいるし、上記「えー」とか「まあ」とか「なんか」とか。同僚には息継ぎのときに思いっきり鼻から息を吸うのでスースーやかましいやつもいます。私も暇さえあれば「もう」とか「なんか」とか「ちょっと」とか「特に」とか、使いがちなことばはたくさんあります。

こういう、一見意味のないことばや息やらが燃料として燃えてくれるおかげで、話者は自然に話すことができるのかな、と思います。人それぞれ話すときに燃料になってくれる、いわば「パートナーワード」がいて、常にそのことばと寄り添って暮らしていると思うと、新しい発見が、ありそうな、なさそうな。

 

同僚がスースー言ってなかったら、それはもう同僚ではなくなっている気もします。この燃料も含めて、彼なのかな、と。あのくらい「まあ」を言わないと、彼ではないのかな、と。

次誰かが「まあ」と言っていたら、今度は笑わずに、にっこり笑顔になっていそうです。